もうひとりのカム・サヨン
カム・サヨンを演じたイ・ボムスは、撮影の3カ月前から野球練習に取り組んだ。実際は右利きの彼は、左腕投手になりきるまで、週に3回、4時間ずつの練習をこなしたほか、実在のカム・サヨン氏に会いに行って人物研究をしたり、球場を訪ねて野球選手の仕草や雰囲気も研究しなければならなかった。だがそうした苦労もイ・ボムスにとっては何ということもなかった。なぜなら「カム・サヨンはすなわち僕自身だから。15年前はセリフが1行しかないような脇役だったけど、いつか自分だってという希望を持ち続けて頑張ってきた」からだ。デビュー以来、初めて一枚看板で主役を任されたイ・ボムス自身、この作品で一世一代のビッグ・ゲームに挑戦したのだ。
試合シーンの撮影
本作のハイライトである、カム・サヨン初の先発登板試合。
スター選手パク・チョルスンの20連勝がかかったこの試合を、5万人の観衆が固唾をのんで見守る。前半は太陽の下で落ち着いて投球するカム・サヨンの姿をとらえ、後半6回からは夜間試合に変えて、緊張感を高めた。9回の全過程とカム・サヨンの心理を詳細に描きこむため、この試合シーンの撮影には1カ月の期間と総製作費の30パーセントがつぎ込まれた。当時のソウル球場(現・東大門球場)を再現したのは、モクドン球場。スタッフはこの球場を全面的に改造したが、中でも最も大変だったのは夜間試合のための照明塔の改造だったという。観客席を埋めた観衆は、毎日平均200人、最大1000人のエキストラを動員。1カ月間の撮影で動員されたエキストラの人数はのべ1万人に達した。さらにCGによって5万人の大観衆を作り上げたのだ。
1980年代初めの韓国
冒頭、ジョギング中のカム・サヨンが機動隊の群れに遭遇し、催涙弾らしきものを浴びる場面が出てくる。韓国では、79年のパク・ジョンヒ大統領暗殺後、間もなくチョン・ドファン将軍がクーデターで軍を掌握し、80年8月に第11代大統領に就任した。この頃、市民や大学生らによる抗議活動が活発化し、80年5月には光州事件が勃発。関川夏央は、この頃のソウルを頻繁に訪れて「ソウルの練習問題」を著し、また、講談社ノンフィクション賞を受賞した「海峡を越えたホームラン」では、韓国プロ野球創成期に活躍した在日コリアン選手たちの格闘を丹念に描き出している。
カム・サヨンの同僚で女優になることを夢見ている女性が「チョン・ユニとそっくりでしょう?」と問いかけるセリフが登場するが、チョン・ユニとは70年代後半から80年代初頭にかけて人気を博した美人女優。代表作に『カッコウの啼く夜 別離』(80年/チョン・ジヌ監督)などがある。