カム・サヨンは誰?
1982年に始まった韓国プロ野球。その最初の20年間で、引退投手は758名。うち327人は、1勝もあげずに野球界を去った──。
カム・サヨンがプロに在籍した82 年からの5年間で残した成績は、
1勝15敗1セーブという惨憺たるものだ。だから彼は「負け」だろうか?
弱小チームの中で敗戦処理専門投手と見なされながら、野球への愛情、
プレイすることの喜びをいささかも減じなかった彼が、「負け」だろうか?キム・ジョンヒョン監督の答えは明快だ。人生は数字の勝負ではない。夢を純粋に追いつづける姿勢こそが、人生の勝敗を決するのだ。
1957年3月23日、慶尚南道の釜山近郊に生まれたカム・サヨンは、鎮海(チンヘ)中学時代から野球を始め、馬山(マサン)高校を経て仁川(インチョン)体育大学を卒業。81年に三美(サムミ)重工業に入社し、翌年、サムミ・スーパースターズに入団を果たす。ただし入団テストに合格したのは、チームが左腕投手を欲していたからに過ぎなかったという。85年まで在籍し、86年にOBベアーズに移籍するが、同年、球団の売却にともなってカム・サヨンのプロ選手生活は幕を閉じた。以後、慶尚南道の昌原(チャンウォン)の中学校と小学校でコーチを、また、アマチュア・チームの会長を務め、ディスカウントストアにシニアマネージャーとして勤務した後、現在は国際デジタル大学野球チームの監督に就任。06年3月23日、初めての試合の為に球場にカムバックした。彼は今でも夢を追い続け、「野球は人生のすべて」と言い切る。
プロ選手生活の中で唯一の勝利はロッテ戦だった。だが、カム・サヨン本人にとってもっとも印象に残る試合は、映画で描かれたOBベアーズのパク・チョルスンとの対決だったという。映画ではパク投手の20連勝目を賭けた試合となっているが、実際は16連勝目を賭けた試合だった。
56年生まれのパク投手は、延世大学卒業後にミルウォーキー・ブリュワーズに入団し、韓国人初のマイナーリーグ選手になる。82年、OBベアーズに入団して22連勝を達成(年間勝利数は24)。その記録はいまだに破られていない。以後、腰痛に悩まされつつも「不死鳥」と称されて人気を誇り、94年には完封勝利を果たした。96年に現役を引退した彼の背番号21は、02年より現・斗山ベアーズの永久欠番になっている。